いよいよ、今年のアラスカ撮影の集大成
現像から上がってきたポジの選別を始めました。
帰国してから、現像に出してようやく
規則的に時間がとれそうなので、ポジの選別に入ります。
玉石混合
さあ、玉が幾つ入っているかは判りませんが、
この作業が一番根気で地道な集中力が必要な作業です。
なぜなら、あくまでも中立の目線でポジを選んでいくという
作業は思ったよりも難しいのです。(僕には・・・)
不思議と何本撮っても、その撮った状況やその時、
何を考えていたかはけっこう覚えています。
「あー、この時なあ、あれをこう、うまく使おうとして狙ったのに」
「お、この時疲れてて結構適当だったのに、よく撮れてるなあ」
など、それぞれ流れに沿って、一喜一憂です。
その新鮮な感動も膨大な枚数をチェックしている内に
だんだんと、その画の露出やブレ、あるいはボケの具合など
減点法に切り替わっていきます。
写真に感動して加点法で選ぶのではなく、つまりあら探しをして
減点法で駄目なコマを振り落としていくようになると、
後で選別したコマを見直した時に
「よくは撮れているんだけど、何か足りないなあ・・・・」
という状態に陥ります。こんな時に見落とすのが、
「条件が良い時に撮れた物ではないし、フレーミングも甘いけど
これは良いなあ・・」
と素直に感動する写真を見落としてしまいます。
写真を撮っていて、不思議なのは最低限の技術は必要であるが、
それ以上に撮影する人が感動した瞬間に、ふっとまるで何気なくシャッターを
切った時の作品にとても強い力が宿る時があります。
不思議と心を惹きつける力があるのです。
撮る時にそこにあった何かに感動して、
シャッターを切っているのだから、
選別の段階で自分の写真をみているのに伝わらないのでは、
それをこれから見る人に伝わるわけがない。
そんな事を考えながら見ていると、
撮影者にとっては審判を下されることと同じ意味を持ちます。
撮る時も感動が必要ですが、選ぶ時にもみずみずしい感性を
もって望む事が必要なのです。